第8話「熱海は東京より十度以上暖かいって本当?」
あたみ歴史こぼれ話(本編)

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あたみ歴史こぼれ話―本編の後に
このコーナーでは、「あたみ歴史こぼれ話」で
掲載しきれなかったことを中心にご紹介します。
本編を読み進んだ後に、ご覧ください。
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【文人に好まれた熱海の暖かさ】
シェイクスピアの翻訳を手掛け、熱海に図書館の必要性を説いた後に
有志と共に蔵書5,000冊以上を寄贈し熱海市立図書館創立の礎を築いた
坪内逍遙。
彼が最初に熱海を訪れたのは、大学生の頃、兄の病気療養の看護の
ためでした。その後荒宿(現在の銀座町、糸川周辺)に別荘を建て、
暮れから春の間この地で執筆に勤しんだ後、晩年は水口町の双柿舎に
移り定住しました。彼が荒宿の別荘を構えていた頃、熱海に関して
満足した事を日記の余白に書き並べたことがありましたが、その一つが
熱海の冬の暖かさでした。
『熱海と五十名家』(齋藤和堂編著)の中にある一節を紹介しましょう。
「会心事の分。
一、睛天には、極寒と雖も、うらうらといつも春三四月の氣候の如く、
朝も晝(ひる)も夕も甚だしき氣温の變化(へんか)なし、
雪も時として降れど、積ることは稀れなり、最も寒き日も
日出づれば温度いちじるしく上りて、十二月より四月頃まで
いつも同じやうなる事。
近き山に雪はふれゝど常春日あたみの里に湯氣立ちわたる
ロトス食ふ人住む島か眞冬にも常春の日のつゞく此里」
(「熱海是非」坪内逍遙 より)
【市歌でも歌われる熱海の暖かさ】
熱海市の市歌をご存知でしょうか。
大正12年、坪内逍遙が当時の町長に作詞を依頼され作ったこの歌
(当時は熱海町歌)に、熱海が温暖であることがはっきりと記されて
います。
「一 真冬を知らざる 常春熱海
真夏も涼しき 秋の海辺に
千歳を湧き湧く くすしきいで湯
病めるも怠り 憂いも忘る
ああこの楽土は 我らが住む町
三 真冬を知らざる 常春熱海
真夏も涼しき 秋の海辺の
くすしきいで湯は 世界に知られ
万里の涯より 千客いたる
わがこの熱海は 世界の公園」
一番と三番で「真冬も知らざる常春熱海 真夏も涼しき秋の海辺」と
繰り返して歌われているのが分かります。冬温暖で、夏も暑さがそこまで
辛くない、住みよい熱海の気候を、逍遙は気に入っていたのでしょう。
逍遙の歌「ちかき山に ゆきはふれゝと 常春日 あたみのさとに
ゆけたちわたる せいえう」と刻まれています。
「熱海市役所のお宝展」にも展示しました。
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