【古文書】千利休書状(熱海入湯の文)
千利休書状(熱海入湯の文)
よみ:せんのりきゅうしょじょう(あたみにゅうとうのふみ)
種別:古文書
指定日:平成29年(2017)11月24日
員数:1幅
所在地:桃山町26-2
所有者・管理団体:世界救世教
解説
〈時代〉16世紀末
〈品質・構造〉和紙軸装 31×43.3cm
この書状から千利休が熱海に湯治したことが確認でき、小田原合戦に従軍の時で天正18年(1590)と考えられる。利休から羽柴下総介(滝川勝利:当時は織田信雄の重臣で北伊勢の支配を任される)に宛てたもので、贈物の謝礼ともに古田織部とともに熱海へ湯治したことを伝えている。
千利休(大永2年(1522)-天正19年(1591)2月28日)は、織豊期の商人、茶人。わび茶(草庵の茶)の完成者として知られ、茶聖とも称せられる。
現在、市内において16世紀以前の湯治について記された古文書等は他に確認できず、当該文化財は熱海温泉の歴史を考える上で、史料的価値が高く、熱海市指定文化財としての価値を有すると考えられる。
引用・参考文献:MOA美術館1997『熱海再発見図録』
翻刻
〈本文〉
尚々留守之内御音信萬々不得申候 以上
すし桶五箇贈給之由申候過分ニ
存候\/今度あたミの湯へ入申も
古織御同道ゆへにて候乍去帰申候て
返事ニくたひれ申候間細章をさし
おき申候旅宿不自由なから
更ぬれハあたみの洞の露とともに
苔のむしろをやとりとそする
留守中ハ度々御見廻皆期面上候
強惶かしく
九月十五日 宗易(花押)
(封) 羽下総介様 易
〈訳〉
追伸 留守中のお手紙、すべて申すことはできません。以上。
すし桶五箇を贈って頂いたこと、申します。過分に存じます。
今度、熱海の湯に入りましたのも古田織部といっしょだったためです。
そうですが、帰りまして、返事にくたびれていたので、細かいことはほって置いてました。
旅宿で不自由でしたが、夜が更けてしまったので、熱海の洞の露とともに粗末な敷物に泊る。
留守中はたびたび御見廻り、まず、面上を期し候。強惶かしく。
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