伊豆山神社について

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ページ番号1001869  更新日 平成29年3月29日

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写真:伊豆山神社

祭神は、火牟須比命(ほのむすひのみこと)、伊邪那伎名(いざなぎのみこと)、伊邪那美名(いざなみのみこと)の三柱を祀った伊豆大神とされています。

全国各地に点在する伊豆山神社や伊豆神社、走湯神社などの起源となった、事実上の総本社格にあたる神社です。

創建時期は、社伝によれば、孝昭天皇の時代(紀元前5世紀~紀元前4世紀)ごろと伝えられています。古くは次のような名で呼ばれていました。

  • 伊豆大権現(いずだいごんげん)
  • 伊豆御宮(いずおんみや)
  • 走湯大権現(そうとうだいごんげん)
  • 走湯山(そうとうさん)

社伝によると、当初は日金山(ひがねさん※久良地山とも呼ばれた、現在の熱海市内熱海峠の近く)に鎮まり、その後本宮山(ほんぐうさん※現在の熱海市伊豆山の本宮神社付近)に移り、836(承和3)年に現在の地へ遷座されたと伝えられています。

また16代仁徳天皇が勅願所としたとされることから、以後 22代清寧、30代敏達、33代推古、36代孝徳、105代後奈良と六朝の天皇の勅願所となったとも伝えられております。殊に後奈良天皇は自筆の心経一巻(昭和2年国宝指定、現在国指定重要文化財)を奉納なされたと伝えられております。

平治の乱後、伊豆国に配流の身となっていた源 頼朝が、源氏の再興を祈願したとされるのも、ここ伊豆山神社です。頼朝は後に鎌倉幕府を開くと、関八州鎮護と称えて多くの社領を寄進したとされています。

以後、伊豆山神社は関東の総鎮守として、戦勝祈願の杜として隆盛を極めました。

明治維新での神仏分離令により寺が分離され、伊豆山神社と称されるようになりました。戦後、社格制度が廃止されて以降は宗教法人として新たに発足され、現在に至っております。

伊豆山神社の梛の木

写真:梛の木

伊豆山神社は、源頼朝と妻 北条政子の逢瀬の場であったことから、現在も縁結びや恋愛成就を願う参拝客に人気があります。
特に御神木であるこの梛(なぎ)の木は、その葉を大切に持っていれば良縁が結ばれるとされております。
梛の葉は、その葉脈の形から容易に裂けません。このことから梛の葉は、男女の仲が裂けない、願いごとが叶うと古来より伝えられております。

頼朝・政子腰掛石

写真:頼朝・政子腰掛石

境内の向かって左側にあり、頼朝と政子がここに腰掛けて恋を語らったとされる石です。

このページに関するお問い合わせ

教育委員会 生涯学習課 文化交流室(施設担当)
〒413-8550 熱海市中央町1-1
電話:0557-86-6232 ファクス:0557-86-6606
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。