澤田政廣について
澤田政廣(さわだせいこう 1894~1988)
本名、寅吉。文化勲章受章芸術家、熱海市名誉市民。
熱海の海辺に育ち19歳で彫刻家を志し、高村光雲(たかむらこううん)の高弟山本瑞雲(やまもとずいうん)に師事しました。93歳で没するまで、多くの木彫作品をはじめ、絵画、陶芸、版画、書など、さまざまな芸術領域にわたり創作しました。力強く生命感と詩情にあふれた作品は、人々の胸に多くのロマンを語りかけます。
澤田政廣 略年譜
- 1894年(明治27年)
0歳 - 澤田小兵衛、とくの三男として熱海町に生まれる。
本名は澤田寅吉。幼年期の実家は「亀屋」の屋号で廻船業、少年期の家業は 製材業を営む。 - 1913年(大正2年)
19歳 - 旧制韮山中学校(現在の韮山高校)を中退、木彫家高村光雲の高弟、山本瑞雲に師事する。
- 1921年(大正10年)
27歳 - 第3回帝展に「人魚」初入選。本名の寅吉で出品。
- 1923年(大正12年)
29歳 - 矢の下とみと結婚、本郷区動坂に住む。
関東大震災のため帝展は中止。 - 1924年(大正13年)
30歳 - 第5回帝展で「銀河の夢」特選。
東京美術学校彫刻科別科にて、朝倉文夫の指導を受ける。 - 1927年(昭和2年)
33歳 - 第8回帝展で「白日夢」特選。このころ号を「寅」とする。
以後 「七姫」 「白鳳」と3年連続して特選。 - 1932年(昭和7年)
38歳 - 第13回帝展で「華炎」出品、政府買上となる。このころ号を「晴廣」とする。
- 1935年(昭和10年)
41歳 - 太平洋美術学校の講師となる。
- 1937年(昭和12年)
43歳 - この年、世田谷区玉川田園調布に居をかまえる。
- 1940年(昭和15年)
46歳 - 日本木彫会を脱退し、「正統木彫家協会」 を結成する。
- 1946年(昭和21年)
52歳 - 第2回日展に「赤童子」を出品、政府買上となる。
- 1952年(昭和27年)
58歳 - 第7回日展(1951年)出品作「五木之精」にて、芸術選奨文部大臣賞を受ける。
- 1953年(昭和28年)
59歳 - 第8回日展(1952年)出品作「三華」にて、日本芸術院賞を受ける。
- 1955年(昭和30年)
61歳 - 三嶋大社の「矢田部盛治像」を制作。
- 1956年(昭和31年)
62歳 - 第12回日展に「黄泉のしこめ」を出品。この年から号を「政廣」とする。
- 1961年(昭和36年)
63歳 - 熱海仏舎利塔日本山妙法寺の「釈迦牟尼世尊像」を制作。
- 1962年(昭和37年)
68歳 - 日本芸術院会員となる。
- 1963年(昭和38年)
69歳 - 平塚市に「海の讃歌」を制作。
- 1964年(昭和39年)
70歳 - 霊友会弥勒山(東伊豆町大川)に「弥勒菩薩像」を制作。
「名取栄一像」(元沼津市長)を制作。 - 1967年(昭和42年)
73歳 - 「勝又春一像」(初代御殿場市長)を制作。
- 1969年(昭和44年)
75歳 - 改組第1回日展に「人魚」を出品
高野山金剛峰寺金堂に「金剛王菩薩」を制作。 - 1970年(昭和45年)
76歳 - 霊友会本尊「釈迦如来像」を制作。(高さ7.58メートル)
第2回日展に「長嶋選手像」を出品 - 1971年(昭和46年)
77歳 - 熱海親水公園の「釜鳴屋平七像」を制作。
永平寺持仏、「普賢菩薩」、「文珠菩薩」を制作。
第1回新日彫展「釈迦」を出品。 - 1973年(昭和48年)
79歳 - 日本橋三越で「彫刻60年の歩み・澤田政廣展」を開催、文化功労者として顕彰される。
- 1974年(昭和49年)
80歳 - 熱海市名誉市民として顕彰される。
- 1975年(昭和50年)
81歳 - 澤田家菩提寺、中野区宝仙寺の天井画「天人」と壁画を制作。
- 1977年(昭和52年)
83歳 - 東本願寺難波別院に「蓮如上人像」を制作。
- 1979年(昭和54年)
85歳 - 身延山久遠寺祖師堂に「日蓮上人像」を制作。
文化勲章を受章する。 - 1981年(昭和56年)
87歳 - 奈良の薬師寺西塔の尊像仏四体を制作。
- 1981年(昭和56年)
88歳 - 東京都世田谷区名誉区民として顕彰される。
- 1983年(昭和58年)
89歳 - 新潟県糸魚川市に「谷村美術館・澤田政廣作品展示館」開館。
- 1987年(昭和62年)
93歳 - 「熱海市立澤田政廣記念館」開館。
第19回改日展「大聖不動明王」を出品。 - 1988年(昭和63年)
93歳 - 4月、日本橋三越で「澤田政廣記念館開館記念・澤田政廣展」を開催。
5月1日、急性肺炎にて死去。従三位に叙され、勲一等瑞宝章を追賜される。
5月21日、本葬儀を東京都中野区宝仙寺にて行う。
5月24日、熱海市葬を熱海市観光会館にて行う。 - 2004年(平成16年)
- 11月3日、館名を「熱海市立澤田政廣記念美術館」に改称。
作品・資料紹介
長嶋茂雄選手之像
- 澤田政廣 ブロンズ
- 昭和45年(1970)76歳
- 2階 展示室
この作品は、第2回日展に出品された木彫像を制作するにあたり、その前段階として作られた石膏原型をもとに、平成13年、新たにブロンズ像として鋳造されたものです。
専用展示台側面の銘板は、平成13年5月、この展示台制作にあたり、長嶋茂雄元巨人軍監督に揮毫をお願いしたところ、快く二枚の色紙をいただき、その色紙から作られました。
野球選手として17年、監督として通算15年、「燃える男」、「ミスター」と親しまれ、球界のスパースターとして、常に多くのファンに勇気と元気を与え、プロ野球の栄光を担い続けてきた長嶋茂雄元巨人軍監督。
本作品は、胸像ながら、そのダイナミックなプレーで多くのファンを魅了した、若き日の長嶋選手の精悍な風貌を見事にとらえています。
澤田政廣コレクション
- エジプト「ミイラ木棺:上蓋」
- 末期王朝時代~プトレマイオス朝時代
- 木、漆喰
- 高さ186センチ、幅56センチ、奥行26センチ
- 2階 展示室
このエジプト木棺上蓋は、1990年、古代オリエント博物館ほか全国4会場で開催された「エジプト-王朝文明のルーツを探る-」展、また2005年に京都文化博物館ほか全国4会場で開催された「古代エジプト文明3000年の世界」展にも出品され、いずれの展覧会でも、その大きさと資料的価値から高い評価を得ています。
このページに関するお問い合わせ
教育委員会 生涯学習課 文化交流室(澤田美術館)
〒413-0032 熱海市梅園町9-46
電話:0557-81-9211 ファクス:0557-85-4877
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